Riah (_tehriah) wrote,
Riah
_tehriah

Another Note Page 01 : Communication (Japanese)


(in Japanese, with page numbers, word for word)



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今でこそロサンゼルスBB連続殺人事件という飛び抜けてスマートな固有名詞が与えられているものの、事件の最中、事件の渦中においては、それはそんな気取った風には一切呼ばれてはおらず、『藁人形殺人事件』だったり『LA連続密室殺人事件』だったり、とにかく至極ダサい名称で、メディアを賑わせていた。その事実は、事件の犯人であるところのビヨンド・バースデイにとてはいくらか不本意なことだったかもしれないが、どうだろう、僕としては案外、そちらの方が実際的な状況をよく表わしているかのようにも思える。ともかく、ビヨンド・スデイの手による第三の殺人が行われた翌日、現地時刻で二00二年の八月十四日午前八時十五分、FBI捜査官、南空ナオミは一人暮らしのアパートメントの一室、そのベッドの上で、ぼんやりと眼を覚ました。色の濃いレザーパンツに、同じくレザーのジャケットをコーディネートした服装だったが、それは何も、彼女が寝巻きとしてその格好を採用しているということを示す証拠ではなく、夜中にバイクで数時間、何の意味もない気晴らしとして町中を走り回った挙句、帰宅後、そのままシャワーも浴びずにベッドに倒れ込んで、泥のように

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深く眠ってしまったというだけだ。事件の名称と同じく、今でこそロサンゼルスBB連続殺人事件解決の立役者とこの事件がリアルタイムで起きていたその当時、彼録の上では休職扱いだけれど、それはただ単に、上層部や同僚からの圧力に対抗しうる力を、有形無形を問わず、彼女が一つも持っていなかったということである。休職、停職、夏休み。ここでは、その停職の理由まだを詳らかにする必要はないだろう。確かなのは、ここはアメリカ合衆国で、彼女は日本人で、女性で、しかも優秀で、そしだからこそ彼女も、これまで、その組織の中で活躍してこられたのだったか、しかし先月、それこそロサンゼルスBB連続殺人事件が起きる直前に、南空は自分でも信じられないような大機なミスをやらかしてしまいーーーそして今に至る、だった。バイクで町中を走った程度で、気が晴れるような問題ではなかった。

南空はこのとき、FBIを辞めて、全てを捨てて日本に帰ろうかと、かなり本気で考えていた。組織が馬鹿馬鹿しくなったというのも勿論あったが、自分がやらかしてしまった大きなミスというのが、勝ち過ぎる重荷として、彼女の心の大半を占めていた。それはありえない仮定ではあるが、周囲からの圧力というものがたとえなかったとしても、南空は自ら職を願い出ていただろう。

そしてーーーあるいは退職も。

汗が気持ち悪い、とりあえずシャワーを浴びようと、南空はベッドから緩慢に身体を起こしたが、そのとき、机の上に設置してあるノートパソコンが、どうやら起動しているらしいことに気付いた。しかし起動させた憶えはないーー何せ自分は、今目覚めたところなのだ。ならば、夜中に帰宅したときに、電源を入れたということなのか?そしてそれをうっかり、起動させたままに、眠ってしまった。。。そんな憶えもないが、しかし、ああしてスクリーンセーバーが画面に表示されている以上、そういうことなのだろう。。。か?パソコンの電源を入れるような余裕があったのだとすれば、着替える時間くらいは、ありそうなものだけれど。南空はジャケットとパンツを脱いで、身体を楽にしてからベッドを降り、机に

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近付いていき、マウスに軽く触れる。その行為によってスクリーンセーバーが解除されーーそこで南空は、更に首を傾げることになる。メインのメーラーが起動していて、新着メールのアラートを、点滅によって示していたのだ。パソコンをつけたまま眠ってしまったことはあっても、果たしてこんな作僕の途中で眠ってしまうなんてことがあるだろうか。。。と、南空は思いながら、とりあえずは、届いている新着メールをチェックする。新着メールは一通だけ。差し出し主はレイ・ペンバー。それは南空の現在の恋人の名前で、彼もまた、FBIの捜査官だった。『好意的な仲間』の代表的な一人だ(とは言ったも、ことあるごとに彼は南空に、「危険だから転職した方がいい」というような台詞を言うけれど)。休職期間の終了が近いから、何らかの事務的な連絡だろうか、それともと、南空が『件名・無題』をクリックするとーー

南空ナオミ様

突然の連絡、不躾で申し訳ありません。

ある事件を解決するにあたって、あなたに協力を要請したいと思います。もしも協力していただけるのであれば、ファニーディッシュのサーバー、第三セクションの三ブロック目に、八月十四日午前九時にアクセスしてください。五分間だけ回線を開放しておきます(ファイアウォールは自分で破ってください)。



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それは、休職中とは言えいやしくも捜査機関に身を置く者としては、知らないはずのないーーいや。知らずにいることが許されない名前だった。レイ・ペンバーの、あるいは他の人物の、ちょっとした悪戯であるという可能性を一応考えてはみるものの、しかしにの署名が偽物であるとは思えない。Lが人前に姿を現さないのをいいことに、勝手にLを名乗った探偵達が辿った末路を聞いている南空には、今にの世界に、悪戯でだってLを名乗る人間がいるはずがないと、断定できる。

ならば。

「。。。。。。。面倒臭いなあ」

ちらりと可愛らしい本音を覗かせたといろで、まずは予定通り、南空はシャワーを浴びて一晩分の疲れを洗い流し、長い黒髪をじっくりと乾かしてから、熱々のコーヒーを喉の奥に流し込む。

まあ、考える振りをしてみたところで、どの道選択肢なんてあるはずもない。Lから捜査協力の要請があって、FBI捜査官として、しかもぺーぺーのFBI捜査官として、それを断れるわけなどないのだ。ただし、この頃の南空は、Lという『名探偵』のことを、あまり快く思ってはいなかったので、自分を納得させる意味でも、躊躇する演技をしないわけにはいかなかったのである。南空ナオミのパーソナリティを考えれば、その理由は推して知るべしと言ったところだ。また、どうやら、ノートパソコンが勝手に起動していたのは、Lによるハッキングだったと考えるのが妥当のようだったが、先月買い換えたばかりの新型ラップトップを理不尽にも廃棄しなければならない現実に、少々落ち込んでいるというのもあった。

「別にいいけど。。。。。。ああ、まあ、よくはないけれど。。。。。」

選択肢なんてあるはずもない。

八時五十五分を過ぎたところで、南空は、残りの寿命が二十三時間ちょっとに指定されたパソコンの前に座り、Lに指示された通りの行動をとる。ハッキングは専門ではなかったが、捜査官としての嗜み程度のスキルはあった。

アクセスに成功した、と思った瞬間、パソコンの画面が真っ白になった。すわ何事かと南空は身構えたが、その画面の中心に、綺麗にレタリングされた飾り文字でアルファベッドの『L』という文字が浮かんできたのを見

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ほっと胸を撫で下ろした。

「南空ナオミさん」

ややあって、パソコンのスピーカーから、そんな声が発せられた。あからさまな合成音声。しかしそれこそが、世界中の捜査機で『Lの声』として認識されている音声だった。南空も、これまでに何度か聞いたことがあるーーーしかしさすがに、こうして直接、自分に呼びかけられたのは、初めてだった。テレビ番組の中で自分の名前が紹介されたときのような、変な気分だったーーーもっとも、『ような』と言っても南空には、テレビ番組の中で自分の名前が紹介された経験もないので、あくまでそれは想像だげ。

「私はLです」

「どうも。。。」

と、南空は言いかけて、挨拶に意味がないことに気付く。マイクが内蔵されているタイプのパソコンではない。「南空ナオミです。こうして話すことができて光栄です、L」と、打鍵した。アクセスが万全であれば、これで伝わるはずだ。

「南空ナオミさん、現在ロサンゼルスで起こっている殺人事件をご存知でしょうか?」

南空の言葉に対する受けもなく、Lは早速本題に入った。九時五分までに通信を終えなければならないからだろうが、しかし、その物腰、その姿勢も、いちいち南空の癇に障る。まるでこちらが協力することが当然のようなその態度---実際にその通りであるのだとしても、相手のプライドを立ててやる程度の気遣いが、そこにあってもいいとは思う。南空は苛立ち混じりにカタカタと、強い調子でキーを打つ。

「ロサンゼルスで起こっている殺人事件を全て把握できるほど、私は有能な人間ではありません」

「そうですか。私は把握しています」

皮肉を返したら自慢話をされた。

Lはそのまま続ける。

「昨日の時点で三人の被害者が出ている連続殺人事件のことですーーーこれから被害者は更に増えるかもしれません。HNNニュースでは『藁人形殺人事件』として報道されています」

「『藁人形殺人事件』---」

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知らなかった。休職中は、その手のニュースを意図的に避けるようにしてきたからだ。高校卒業まで日本で育った南空にとって、藁人形というのはそれほど馴染みのない言葉でものかったが、しかし、それでも英語の発音でその言葉を言われると、そこにはそれなりの違和感があった。

「私はこの事件を解決したい」

Lは言った。

「この事件の犯人を逮捕しなければなりません。そのためにはあなたの協力が不可欠です、南空ナオミさん」

「どうして、私が?」

短い文章を、南空は入力した。その文章が『どうして私の協力が不可欠なのか』という意味に取られるか、『どうして私があなたに協力しなければならないのか』という意味に取られるかは、どうやらLは、何の迷いもなく前者の意味だと解釈したようだった。とことん皮肉が通じない。

「勿論あなたが優秀な捜査官だからです、南空ナオミさん」

「私は現在、休識中の身ですが。。。。」

「知っています。好都合です」

被害者が三人---と言っていた。

勿論、被害者にもよるだろうが、Lの口振りを聞く限りにおいて、FBIが動くほどの事件だとは南空には思えない。だからこそFBI長官を通してではなく、直接自分にコンタクトをとってきたのだろうという推測は成り立つが、しかし如何せん、ことが唐突過ぎだ。その上、考える時間をほとんど与えられていない。強いて考えるとするなら、FBIが動くほどの事件どもなさそうな殺人がに、どうしてLが動くのか。。。。という点だったが、それもまた、こんなパソコン越しでは、答が出るはずのない問題だった。

時計を見る。

九時五分まで、残り一分もない

「わかりました。できる限りのことはさせてもらおうと思います」

結局、南空はそう打鍵した。

即座にLから返答がある。

「ありがとうございます。あなたならきっとそう言ってくださると思っていました」

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全く誠意のこもっていない声音だった。

合成音声ゆえに、仕方のないことではあるが。

「では、以降、私と連絡をとるための手段を指示したいと思います。時間がありませんので、手短に説明しますが、南空ナオミさん、まずはーーー」

DOTDOT!

まずは、ロサンゼルスBB連続殺人事件の概要を、知っておいてもらわなくてはならないだろう。二00二年七月三十日、ハリウッドのインシストストリート沿いの一軒家のベッドルームにおいて、一人暮らしの男性が、殺された。彼の名前はビリーヴ・ブライズメイドーーー職業はフリーライター。あちこちの雑誌に色々な名前で様々な記事を書いていた、業界では名の通ったライターだーーーなんて言っても何の説明にもならないだろうが、しかし、現実的にもそんな感じだった。死因は絞殺。薬品で意識を奪われた後、紐のようなもので後ろから首を絞められたらしかった。争った形跡はなしーーー比較的手際のよい殺人と言えた。第二の殺人が起こったのは、その四日後、二00二年八月四日。今度はダウンタウンのサードアヴェニューにあるアパートメントの一室で、クオーター・クイーンという名前の女性が殺された。こちらは撲殺。何らかの硬い棒状の凶器で、正面から脳天をかち割られていた。被害者はやはり、事前に薬品で意識を奪われていたようだ。どうしてこれが単独別個の殺人ではなく、『同一犯』による『第二の殺人』であると位置づけられたかと言うと、事件現場に、誰が見てもわかるような明白な共通項があったからだ。

現場の壁に藁人形が打ち付けられていたのである。

インシストスストリートでは、四体。

サードアヴェニューでは、三体。

それぞれ、壁に打ち付けられていた。

第一の殺人の時点で藁人形のことは報道されていたので、厳密に言えば模倣犯の可能性も考えられなくはなかったのだが、その伳にも細かい状況が色々と一致していたこともあり、警察ではこれを連続殺人事件として、捜査する方針が固まった。ただ、そうだとすれば、そこには大きな疑問があったのもまた事実だーーービリーヴ・ブライズメイドとクオーター・クイーンの間には、何の関

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係性もなかったからだ。互いの携帯電話に互いの電話番号が入っているということはなかったし、互いの名剌ホルダーの中に互いの剌が入っているということもなかった。そもそもクオーター・クイーンは携帯電話も名剌ホルダーも持っていなかったーーー彼女は十三歳の少女だったのだ。四十四歳、ベテランのフリーライターと、一体どんな関係があると言うのだろう。関係があるとするならば、事件当時旅行中だった少女の母親ということになるのだろうが、しかし、住んでいる場所も置かれている環境も全然違うこの二人から、積極的な関係性を見出すのは難しそうだった。古きよき時代の探偵小説風に言うならば、ミッシングリンクという奴だーーー被害者同士の繫がりが、見つからなかった。捜査の焦点は、当然、そこにあてられたわけだがーーーそうこうしている内に、九日が経過し(第一の殺人の時点ではそうでもなかったが、この九日の間に、『藁人形殺人事件』として、メディアで取り上げられるようになった)二00二年八月十三日、第三の殺人が起こることになる。

壁には二体の藁人形。

殺人ごとに、藁人形が一体ずつ、減っている。

殺人現場はウエストサイドの、メトロレール、グラス駅そばの住宅のテラスハウス、被害者は、バックヤード・ボトムスラッシュ。年齢は、まるで第一の被害者と第二の被害者間を取ったかのように、二十八歳。性別は女性、職業はいわゆる銀行員だった。言うまでもなく、この被害者もまた、ビリーヴ・ブライズメイドとクオーター・クイーンの二人と、何の関係性も持っていない。どこかですれ違ったことがあるかどうかすら、怪しいだろう。死因は失血死---出血多量による。絞殺、撲殺、剌殺と、一回一回、殺人の手口を変えているその有様は、犯人がいちいち何かを試しているかのような不自然さを感じさせたが、しかし、そのどれも、手が仮らしい手がかりを残していないことが特徴だった。捜査をしようにも、犯人に繫がる材料が全く見つからないのだーーーそれはこの手の殺人事件としては、とても『奇妙』なことではあったが、とにかく、第三の殺人事件が起きたところで、警察の捜査は完全に行き詰まっていたと言っていい。犯人の手際は完全に警察の上を行っていたーーーなんて、別段、ビヨンド・バースデイを絶賛するようなつもりは、僕には全くないけれど、まあ、ここでは一応、彼

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の顔を立てておこうと思う。

そうそう、共通項と言うなら、藁人形の伳にも、大きなものが更に一つーーー三つの現場は、それぞれ、密室状況であったということだ。古きよき時代の探偵小説風に言うならば、クローズドルーム。もっとも、それについては、捜査班において、あまり重要視されていない事件の要素のようだったが。。。。しかし、南空ナオミがLから捜査資料を受け取った段階で、もっとも気になったのは、その『密室状況』というキーワードだったという。

南空ナオミが、FBI捜査官ではなくいち個人として、Lの指揮の下、事件解決に乗り出したのは、結局何やかやあって、Lから要請があったその翌日、八月十五日のことだった。体職中なので、南空はバッヂも手錠も没収されているーーー権限についても装備についても、完全に一般人同様の状態で、南空はこの事件の捜査に関わることになったのだ。

とは言え、彼女自身は、それをあまり気にしてはいなかったーーーそもそも南空は、そういう身分権力をアテにした捜査を得意とするタイプの捜査官ではなかったからだ。多少やさぐれていて、精神的に荒れているところのあったコンディションでこの事件に挑まねばならなかった南空は不幸だったかもしれないが、その意味では、彼女はLに近しい感性を持っていたと言える。即ち、団体行動を苦手とし、組織のしがらみから抜けて一人で動く方が能力を発揮できるという点においてーーーだからこそ、より一層、Lに対し、複雑至極な感情を抱かざるを得ないとも言えるだろう。

ともあれ、八月十五日の正午過ぎ、南空ナオミは第一の殺人の事件現場である、ハリウッドのインシストストリートを訪れていた。男性一人暮らしをしていたにしてはやや大き過ぎるその家を目の前にして、南空は鞄から携帯電話を取り出し、指定された番号へと連絡を入れる。五重にスクランプルのかけられた、安全な回線と聞いていた。それはLにとって安全というだけではなく、体職中の南空にとっても安全という意味でもあった。

「L。現場に到着しました」

「お疲れ様です」

待ち構えていたように、例の合成音声が、電話から聞こえてきた。Lは一体全体どのような環境のどのような状況で、事件捜査にあたっているのだろうだ、ついつい

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考えてしまうが、それは私にとってはどうでもいいことだと、南空はいらぬ考えを振り払い、「これから、どうしましょう?」と、Lに指示を仰いだ。

「南空ナオミさん、今、現場の中ですか?それとも外ですか?」

「外です。事件現場の通り向かいで、まだ敷地内には這入っていません」

「では、中に這入ってください。鍵はかかっていないはずです。そのように手配しておきました」

「。。。それは、どうも」

手際のよいことで。

そんな嫌味を言いたい衝動を、ぐっと堪える、用意周到な人間と言えば、普通は尊敬の対象となりそうなものだったが、こういう準備のよさは、少なくとも南空にとっては、素直には認めがたいものだった。

門扉を関け、そのまま家の中に這入る。被害者が殺されたのはベッドルームとのことだったーーFBI捜査官として様々な事件に関わってきた南空には、外側から家を見れば、その内部の構造は大体わかる。この手の造りならばベッドルームは一階にあるだろうと適当にアタリをつけ、そのとおりに移動する。事件が起きたのは今から丁度半月前ということになるが、管理業者が入っているのだろう、半月分のホコリが、たっぷりと廊下に積もっているというようなことはなかった。

「しかしL」

「なんでしょう」

「昨日いただいた資料によればーーーというか、当然と言えば当然なのですが、現場検証ならば、地元の警察が既に済ませていますよね」

「はい」

「あなたは、どういう手段を取ったのかはわかりませんが、とにかく、その捜査資料を手にしている亅

「はい」

。。。。。。。

はいじゃねえよ。

「なら、今更私が現場に来ることに、何の意味もないのではないでしょうか?」

「いいえ」

Lは言った。

「あなたには、警察の現場検証では見つからなかったも

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のを見つけて欲しいと思ているのです」

「はあ......そりゃ明確ですね」

明確というより、そのままだ。

何の説明にもなっていない。

「それに、現物百遍と言いますから、少しなくとも意味がないということはありません。事件からしばらく時間が経って、何かが浮かび上がっているということもあるかもしれません。南空ナオミさん、今、この事件において考えなければならないのは、まずは被害者同士の繋がりです。ビリーヴ・ブライスメイドとクオーター・クイーン、それに、一昨日殺されたバックヤード・ボトムスラッシュとの間には、一体どんな関係性があるのか。それとも関係性のない、全くの無差別殺人なのか―しかし、仮に無差別殺人だとしたら、犯人はどのような基準で、被害者を選別しているのか。つまり私が南空ナオミさんに求めているのは、ミッシングリンク探しです。」

「なるほど...」

実のところ、あんまりなるほどという感じではなかったが、Lを相手に議論をしても、本当知りたいところははぐらかされるだけだということくらいはどうやらわかってきたので、あまり質問はしないように心がけようと思いつつ、南空はベッドルームを発見した。内開きのドア。サムターン錠。

密室状況。

確か、第二の事件現場も、第三の事件現場も、サムターン錠だったーーーこれは共通項だろうか?いや、この程度のことは、捜査資料にも書いてあった、現場レベルで気付かれているようなことだ。Lが求める共通項とは違うはずだ。そんなに広い部屋ではなかったが、家具・調度が少ない所為だろう、押し詰められたような雰囲気はない。大きなベッドが部屋の中心に、あとは精々、本棚がある程度だ。その本棚に収まっている本にしても、娯楽関係ので、どうやら、ビリーヴ・ブライズメイドにとってこのベッドルームは、完全にくつろぐためだけの部屋のようである。仕事と私生活はきっちりと分けて考えるタイプの人間だったらしいーーーヘリーライターにしては珍しいタイプだ。ならば恐らくは二階に書斎のような部屋があるはずだと、南空は何となく、天井を見上げた。あとで

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そちらも見ておく必要はある。

「ところで南空ナオミさん。あなたはこの事件の犯人を、どのような人間だと考えますか?とりあえず現時点での、あなたの推理をお聞かせ願いたいのですが」

「私の推理なんて、Lの参考になるとは思えません」

「参考にならない推理はありません」

「。。。。。。。」

そうですか。

南空は少しだけ考えてから、

「。。。異常でしょうね」

と、Lからの質問に、あえて言葉を選ぶことなく、直截的な言葉で答えた。それは、昨日、資料に全部目を通した段階で、確信的に待った感想だった。

「単に人を殺したからというだけではなく、その所作のいちいちに、犯人の異常さが滲み出ているような気がしますーーーしかも、それを隠そうともしていない」

「たとえば」

「たとえば、指紋の問題です。現場には、犯人の指紋が一つも残されていない。完膚なきまでに、拭き取られています」

「そうですね。しかし南空ナオミさん現場に指紋を残さないというのは、殺人犯としては初歩の初歩ではありませんか?」

「やり過ぎなんですよ」

わかっている癖に、と思いながら、南空は答える。恐らくこれは、参考云々というより、自分の能力を試されているのだろう。。。。南空ナオミがLの手足となって動くのに値するかどうか。

「指紋を残したくないのなら手袋をすればいいですーーーそうでなくとも、自分が触ったところだけ拭き取ればそれで済みます。でも、この犯人ーーー家中の指紋を拭き取っているそうじゃないですか。第一の事件でも、第二の事件でも、第三の事件でも。最初は、過去に何度も被害者の家を訪れたことがあって、自分でもどこを触ったのかわからなくなっているからなのかと思いましたが、電球のソケットまで拭いているとなれば、もう話は別です。それはもう異常と呼ばれる領域でしょう」

「ですね。私もそう思います」

「。。。。。。。」

そう思いますか。

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「それで、L、さっきの話の続きにもなりますけれどーーーもしもそんな常軌を逸した気遣いが随所に埋め込まれているのだとすれば、現場検証で出てくる新事実なんて、ないと思いますよ。少なくても、望み薄ではあります。この手の犯人は、決してミスをしません」

ミス

たとえば、自分が先月やらかしてしまったような。

「普通、犯罪捜査とは、犯人のミスを論い、外堀を埋めていくものですけれど、今回に限っては、犯人のミスは期待できません」

「ですね。私もそう思います」

Lは同じ台詞を繰り返し、そして続けた。

「しかしーーーミスでないものがあれば」

「ミスでないもの?」

「ええ。犯人がわざと残していった痕跡があるとすればーーーそれに、捜査陣が気付いていないだけだとすれば、そこに、幾分かの望みが出てくるとは思いませんか?」

「。。。。。。」

わざと痕跡を残すーーーそんなことがあるだろうか?普通に考えれば、自分にとって不利な証拠を、わざわざ、意図的に現場に残すねんて、ありえない。。。。いや、違う、あるのだ。普通に考えればと言っても、考えてみれば、それは既にわかっているだけで二つもある。一つは壁に打ち付けられていた藁人形、一つはサムターン錠による密室状況。この二つはミスではない、犯人が残していった、明らかな痕跡である。特に後者。南空は最初からそれが気になっていたーーー密室状況なんてものは、そもそも被害者を自殺に見せかけるための要素として構成されるはずである。第一の殺人は背後からの絞殺、第二の殺人は現場に凶器の残っていない剌殺。。。。どれをとっても、自殺の可能性はありえない。ならば、それらの密室には何の意味もないということになる。ミスではなくとも、不自然ではある。

それは、壁の藁人形も同じだった。

意味が全くわからない。

呪いの藁人形は日本の文化だから、犯人は日本人だとか、いや日本人に深い恨みを持つ者だとか、そんな的外れな意見も出ているらしいが(ちなみに藁人形は、その辺の玩具ショップで三ドル出せば手に入るような、あり

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ふれた安物だった)、今のところ統一見解はない。

南空は後ろ手にドアを閉め、そして何となく、腰の辺りの高さにあるサムターン錠の摘みを回して、鍵をかけ、それから、藁人形が打ち付けられていた箇所を、見て回ることにした。

この部屋には四体。

正方形の造りの部屋、その四面の壁の一面一面に、それぞれ一体ずつーーー勿論、藁人形自体は、重要な証拠物件として、現場検証の際に警察が持って行てしまっているので、今ここに、藁人形の実物は残されてはいない。壁に穴が開いてしまっているので、どこに打ち付けられていたかは、はっきりとわかるけれどーーーと、南空は鞄から、穴葉の写真を取り出す。藁人形が写った写真、それぞれ一葉ずつ。それに、ベッドの上で仰向けに倒れている被害者、ビリーヴ・ブライズメイドの写真が一葉。その首にははっきりと、絞殺痕が窺えた。

そして、最後の一葉。

現場の写真ではない、病院のベッドの上に横たえられた、検屍後の、裸にされたビリーヴ・ブライズメイドのバストアップ。その胸の辺りには、大きな傷がいくつも走っている。ナイフで傷をつけられているのだ。そんなに深くない傷だが、とにかく縦横無尽に走っている。これらは、殺される際につけられた傷ではない、死後につけられた傷であるとのことだった。

「この手の一見意味のない死体損壊は、犯人が被害者に深い恨みを抱いている場合にありがちですよね。。。。何でも屋のフリーライターとなれば、誰から恨みを買っていても不思議はないと思いますけれど。。。。ゴシップ関連の記事も多く手掛けていたようですし」

「しかし、南空ナオミさん、それでは第二の殺人、第三の殺人との繫がりがまるでわかりません。第二の殺人でも第三の殺人でも、その手の、死因とは直接関係のない、死体損壊は行われていますがーーーむしろ第二、第三の殺人の際の死体損壊の方が、エスカレートしているとすら言えます」

「恨みがあったのはブライズメイドに対してだけで、残りの二人はそれを誤魔化すためのカムフラージュということは考えられます。ブライズメイドでないにしても、標的は三人の内の一人、あるいは二人だけで、残りはカムフラージュという線は十分にありうるんじゃないでし

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ようか。死体損壊がエスカレートしていることに関しても、それが仕方のない偽装だと考えれば、あるいは」

「犯人は無差別殺人を装っている、とあなたは読むわけですか?」

「いえ、あてずっぽうの推測の一パターンです。もしそうだとすれば、藁人形の説明はつくと思いました。つまり、第一の殺人と第二の殺人と第三の殺人が、同一犯の犯行であることを示す証左として、現場にわざと残していった痕跡---密室状況もまた、そうなのかもしれません」

となると、ハリウッド、ダウンタウン、ウエストサイドと、場所をあちこちに変えているのも、捜査を混乱させるための方策として見るべきなのかもしれない。この場合、関係者の数を増やせば増やすほど、それだけ捜査は混乱するわけだから。。。。二番目の被害者に少女を選んだのも、わかりやすい異常さの示し方と思えば、納得がいく。

「異常を装うーーーまあ、異常を装おうというだけで、十分に異常なのですが」

Lはそう言った。意外と人間らしいことを言う、と、南空は少し驚いた。その驚きは、実際のところ感心にも似たものだったので、それを隠すためにでもなかったが、南空は半ば誤魔化すように無理矢理に、話の筋を戻し、先に進める。

「だから、L、私は被害者同士の繫がりを考えるのはナンセンスのような気もします。それは地元警察でも、十分にやってくれていると思いました。。。。むしろ、個々の人間関係を洗う方が、肝要ではないかと。第三の被害者である銀行員のバックヤード・ボトムスラッシュも、仕事上、様々名企業に関わっていたようですしーーー」

「しかし南空ナオミさん」

Lは南空の言葉を遮った。

「あまり暢気なことを言っていられる状況ではありません。私は、このままだと第四の殺人事件が起こるのではないかと危惧しているのです」

「ん。。。。」

そう言えば、Lは昨日もそうんなことを言っていたーーーような。被害者はまだ増えるかもしれない、と。しかし、何を根拠に?犯人が捕まっていない以上は、確かに次の殺人はあるかもしれないが、しかし、同じくらいの確

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かさで、殺人は三件で終わりなのかもしれない。それは犯人の気分次第であり、捜査する側としては、五割以上の確率をそこに見出すことは、できないはずなのに。

「藁人形の数ですよ」

と、Lは言った。

「あなたが今いる現場には四体。ダウンタウンの第二の現場には三体。ウエストサイドの第三の現場には二体---ご存知の通り、一体ずつ、藁人形の数が減っています」

「ええ。それが何か?」

「あと一体---人形には減る余地があるということです」

「。。。。。。。」

言われてみれば、そうだ。むしろ、四つあるものが二つまで減って、それで終わりになるというのは、法則として中途半端な印象すらある。もしも南空が考えたように、無差別殺人がカムフラージュなのだとしてもーーーだとしたら、被害者の数は多い方がいいに決まっている。無論、その分リスクは増すが、それに見合うだけのリターンはある。大体、この事件の犯人が、殺人をリスクだと考えているかどうかなんて、わかるはずもないのだーーー世の中には、殺人自体をリターンだと考えているような殺人鬼も、少なからず存在する。異常を装おうというだけで、十分に異常---

「ならばL。Lは、最大であと二件---このような殺人事件が起こるのではないかと踏んでいるということですか?」

「九十パーセント以上」

そう言った。

「百パーセント断じてしまっても構いませんが、犯人側に何らかの已むかたない事情が生じる可能性を考慮すると、九十二パーセントです。しかし南空さん、起こるとしたら、あと二件ではなくあと一件です。第五の事件が起こる確率は、三パーセントでしょう」

「三パーセント。。。。?」

随分な落差だ。

「どうしてですか?藁人形の数は残り二体なのですから。。。。もしも犯人が、藁人形に被害者のメタファーを加えているのだとすればーーー」

「そうすると、五番目の被害者が殺される現場には藁人

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形が残せなくなるからです。四番目の被害者が殺される現場には、二体から一体減って、一体の藁人形が残ります。だからそれは、同一犯行だと読めるーーーしかし」

「ああ。。。。そうですね」

無能を晒してしまった、と南空はばれないように舌打ちする。そうだ、犯人測の目的が何であるにせよ、藁人形を現場に残すことをその殺人のルールとしているのであれば、藁人形の数をゼロにしてしまうような、五番目の殺人は犯すまい。

「犯人の考えがそこまで及ばないという可能性が三パーセントですが、しかしそれはないでしょう。電球のソケットの指紋まで拭き取るような神経質な人間です」

「被害者は出ても四人目までーーーですか。つまり、次が最後ですね」

「いえ。既に最後です」

Lは強い口調でいった。

合成音声だったけれど。

「次はありません。私が出てきた以上」

「。。。。。。」

自信、か。

それとも、矜持、か。

どちらにしても、それは久しく、南空が主張していないものだったーーーここ数週間、身に憶えのない感覚だった。

自信ってどういうものだっただろう。

矜持ってどういうものだっただろう。

今の南空にはーーーそれがわからない。

「そのためにも、あなたには尽力していただかなくてはなりません、南空ナオミさん。あなたの捜査能力にとても期待しています」

「期待。。。。ですか」

「はい。氷のように冷静な心で、この事件の捜査にあたってください。私の経験上、その手の事件には何事にも動じない思考力が何よりも求められます。そう、氷の上でチュスをする心構えでお願いします」

「。。。。。」

それではカーリングになってしまう。

「L。私が体職中であることは、確か、知っていたんですよね?」

「はい。だからこそあなたに協力を要請しました。今回、

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私には、個人自由い動ける優秀な人材が必要でしたから」

「では、私が体職することになった理由もーーー当然、ご存知なんでしょうね」

「いいえ」

予想外に、南空の問いは、否定された。

「そこまでは知りません」

「。。。。お調べになってないんですか?」

「理由に興味はありません。あなたが優秀で、しかも今は自由の身であることだけが重要でしたーーーが、しかし、知っておいた方がよかったでしょうか?それなら、一分ほど時間をいただければ、すぐに調査しましょう」

「いえ。。。。」

思わず、苦笑する。

なんだか、世界中に自分の失態が知られているような気になっていたがーーー世界一の名探偵でさえ、さんなことは知らないのだ。ところか、興味がないとまで言われてしまった。しかも、体職中、実質停職中の今の南空を表現するにあたって、自由の身と来たかーーーそんなこと、考えもしなかったが、どうやらLには、ユーモアのセンスがあるらしい。

「では、L。第四の事件を防ぐために、捜査を開始しましょう。私はまず、何をすればいいんでしょうか?」

「何ができますか?」

「ある程度のことはできます」

しかし、と南空は言う。

「しつこいようですが、L、この場合、現場検証を独自にやり直すとは言ってもーーー恐らくは、藁人形以外の遺留品を探すということになるんでしょうが、具体的には、どのようなものを探せばよいのですか?」

「メッセージ性のあるものです」

「メッセージ性?」

「はい。これは、お波しした捜査資料には載っていない事実ですがーーー第一の殺人が起きた七月三十一日、その九日前、七月二十二日に、ロス市警本部に一通の手紙が届きました」

「手紙?」

いきなり話が飛ぶ。

ロス市警。。。。。?

「それが何か、事件に関係が?」

032
「今のところ、関係を見出している捜査関係者はいません。本当に関係あるのかどうかもわかりませんが、私は関係があると思っています」

「何パーセントくらい?」

「八十パーセントです」

即答。

「差出人は不明---転送システムを利用して、投函された場所さえもわからないようにされていました。封筒の中身は、一枚の紙に書かれたクロスワードパズルでした」

「クロスワードパズル? はあ。。。。」

「馬鹿にしてはいけません、南空ナオミさん。それはかなり難易度の高いパズルで、誰も解けなかったそうです。まあ、真面目に取り組んだ者が一人もいなかったという見方もできますがーーーとりあえず、ロス市警の人間が数人がかりでも解けなかったパズルがあったと、仮定してください」

「わかりました。それで?」

「そのパズルは、結局はただの悪戯だったのだろうと判断され、その日の内に破棄されたのですがーーー私はさる情報機関から、別ルートでそのパズルを入手しました。昨日のことです」

「昨日。。。。」

だから、受け取った捜査資料には載っていないということか。既にLは、昨日南空が準備をしている段階で、この事件に対し、違う角度からのアプローチを始めていたということになる。

「解きました」

Lはさらりとそう言った。『ロス市警の人間が数人がかりでも解けなかった』という先ほどの仮定は、どうやら自慢話の枕だったらしい。顰蹙を買いやすそうな性格だ。。。。人のことは言えないけれど、と南空は思う。

「私の解答が間違っていなければ、そのパズルの解答は、その現場ーーー第一の殺人が行われたその家の住所を示していました」

「。。。。。ハリウッドのインシストストリート。。。。二二一番を示していたということですか?私が今いる、ここ。。。。。しかし、それではーーーそれでは、まるで」

「ええ。殺人予告状ということになりますね。もっとも、誰も解けないような難易度のパズルでしたから、現実的

033
には予告状としての体はなしていないのですが。。。。」

「ロス市警に、伳にそのような手紙が届いているということはあるんですか?つまり、第二の殺人の住所や、第三の殺人の住所を示すような。。。。」

「いえ。念のためにカリフォルニア州全土にまで範囲を広けて調査を行いましたが、今のところそのような手紙、あるいはメールなどは存在しないようです。引き続き調査は続けますが。。。。」

「だったら偶然---いえ、いくらなんでもそんな偶然はないでしょうね。正確に細かい住所までを示しているとなれば。。。。どうして九日前なのかという疑問はありますが」

「九日と言えば。第二の殺人と第三の殺人の間の期間も、九日間です。八月四日から八月十三日。犯人は九日間という数字に何らかのこだわりを持っているのかもしれません」

「しかし、第一の殺人から第二の殺人までの期間は、四日間です。 。。。。。。たまたまじゃないでしょうか?」

「ええ、その程度に見るのが正当です。しかし、そのスペースがあるのなら、頭の片隅にとどめておいてもよいでしょう。九日、四日、九日ーーーです。 。。。ともかく、警察機関に対して予告状を出すような犯人です。『予告状を出すような犯人』を装っているだけなのだとしても、尚更、藁人形以外にもその部屋に、あるいはその家に、メッセージ性を含む何らかが残されている可能性は、決して低くはないでしょう」

「ふむ。。。。だから」

わざと残していった痕跡---か。

それも、藁人形のようにわかりやすい形ではない、メッセージ。。。。だとえば難易度の高いいクロスワードパズルのような。なるほど、Lが自分に協力を要請してきた理由がわかったような気がする。こればかりは、安楽椅子探偵を気取っていてどうにかなるものではない、実際に現場を見、触ってみなければならないだろうーーーそれも、数ではなく、質で。なるべく、自分と同じ視点と持った者の眼、物の見方で。。。。

しかし、だとすれば期待のされ過ぎだと、思わなくもないのだが。。。。手足ではなく眼となれというのは、Lからの依頼としては、いちFBI捜査官には、荷が勝ち過ぎる。

034
「どうかしましたか? 南空ナオミさん」

「いえ。。。。なんでもありません」

「そうですか。では、一度通信を終えましょう。私は私で、やらなければならないことがたくさんあります」

「わかりました」

Lのことだから、これ以外にも他に抱えている難事件が、数多くあるのだろう。事件は世界中で起こっている。恐らくは、この捜査は、Lにとって膨大な平行作業の内のたった一つでしかないはずだ。世界一の名探偵など勤まるまい。。。。。

世紀の名探偵、L。

依頼人不在の名探偵。

「それでは、よい報告をお待ちしています。吹に南空ナオミさんから私に連絡をするときは、ナンバー5の回線でお願いします」

そう言って、Lの方から電話は切られた。南空は携帯電話を折りたたみ、鞄へと戻す。そして、まずは本棚から調べることにする。このベッドルームにはベッドと本棚しかないのだ、調べるとすればとりあえず本棚しかないだろうーーー

「この事件の犯人ほどでないにせよ。。。。どうやら、ビリーヴ・ブライズメイドも、それなりに神経質な人間だったようね」

隙間なくきっちりと、本が納められた本棚。なんとなくその冊数を数えてみるーーー五十七冊。一冊引き抜こうとしてみたが、『隙間なくきっちりと』があまりにも堂に入っているため、結構な扺抗がある。人差し指だけでなく親指も使い、梃子の原理を利用する形で、抜き取った。ぱらぱらとめくるーーー意味があってやっている行為ではない。これからの捜査方針を考えるための手遊びみたいなものだ。本のページとページの間に、栞のように手紙が挟まっていたりすればことは簡単なのだろうが、さすがにそんなことはないだろう。捜査資料には、電球のソケットと同じように、本の一冊一冊一ページ一ページに至るまで、綺麗に指紋が拭き取られていたとあったーーーそれは犯人の神経質さを示す指標の一つであると同時に、捜査班が本の一冊一冊一ページ一ページに至るまで調べ尽くしたということでもある。ならば、そんなメッセージはなかったのだと見るべきだ。

あるいは、捜査班に気付かれない形でのメッセージだ

035
ったのが。。。。一見、ただの栞に見えるような紙に、暗号のメッセージを仕込んだとか。。。。だが、その考えも、二冊目、三冊目、四冊目の本をぱらぱらめくったところで、否定された。そもそもこの本棚にある本には、栞が挟まれていない。どうやら、ビリーヴ・ブライズメイドは、栞を使わないタイプの本読みだったようだ。神経質な愛書家にはよくあることだーーー本の束に、変な癖がつくのを嫌がる。

。。。。なら、頭一つ抜いて神経質なはずのこの事件の犯人もまた、本のページに何かを挟むような真似はしないか。。。。。

南空は本棚から離れる。次はベッドーーーしかし、こちらは本棚以上に、手のつけようがない。シーツを剥がして裏返すくらいしかすることがない。その程度のことは、捜査資料を紐解くまでもなく、捜査班が行っているはずだろう。本棚と違い、捜査班に気付かれない形でのメッセージをベッドに仕込むのは、難しいはずだ。

「絨毯の下。。。。壁紙の裏。。。。。いや、違う。。。。。メッセージ自体を隠してどうする?メッセージ歯伝えるもの。。。。伝わらなければそれはメッセージではない。。。。クロスワードパズルを警察に送りつけている。。。。自己主張は激しい。。。。『難しい問題』。。。。を、あからさまに示すことが目的。。。。これは。。。。そう、馬鹿にしている。。。。。」

出し抜こうとしているんじゃない。

馬鹿にしているんだ。

「『お前は俺より下だ』、『あなたは私には勝てない』と示すことが、メッセージの目的。。。。なのだとすれば。。。。、決して気付かれないままに自分だけ得をしようとしているんじゃない、目的だけを果たそうとしているんじゃない。。。。いや、相手を馬鹿にすること自体が目的。。。。?この場合、相手は警察。。。。。ロス市警。。。。。社会全体。。。。合衆国。。。。。『世界』?違うな。。。。それにしては、やることが小さい。。。。これは個人を相手にしているようなやり方だ。。。。、とにかく、メッセージ。。。。。メッセージじゃない、メッセージ性。。。。この部屋の中に、必ずあるはず。。。。いや」

必ずあるはずーーーじゃなくて。

もしも、ないのだとしたら?

「この部屋にあるはずなのに、今はないもの。。。。。。今はないければ。。。。けれど本来はあるはずのもの。。。。藁人形?

036
違う、藁人方は、被害者を示すメタファーであって、メッセージじゃない、はず...ベッドルーム...ああ、そうだ、人がいない」

ないんじゃなくて―いないんだ。

この部屋の主人、ビリーヴ・ブライズメイドが。

南空は再び、写真を取り出す―ブライズメイドの死体の写真を二葉、現場写真と検屍写真。この死体に、犯人がメッセージを残しているとしたら―絞殺の痕跡じゃなくて、当然、ナイフによる死体損壊の方ということになるだろう。さっき南空がLに言った通り、わかりやすい『恨み』の表われと見るのが普通かもしれないが、そうではなく―そうだ、考えてみれば不自然だ。現場写真では、仰向けの死体が着ているTシャツは、確かにそれなりに血が滲んでこそいるが―しかし、破損はしていない。つまり、犯人は被害者を殺したあと、一旦シャツを脱がし、死体をナイフで傷つけてから、再度シャツを着せ直したということになる。単なる『恨み』なら、Tシャツごと刻めばいいだけの話なのに―Tシャツを刻つけたくない理由があった?しかし、血が滲むことにはおかまいなしだ...Tシャツは間違いなく被害者のもの。普段から使用している寝巻き代わり...。

「そういう...目で、見たら、この傷...アルファベットに、見えなくも、ない、かしら...?」

見る角度を色々と変えてみたらの話だが。

「『V』...『C』...『I』?いや...『M』...これはまた『V』...『X』...?『D』...ここには『I』が三つ並んでいる...『L』?...これは、『L』...うーん...やっぱり強引か...」

それにやっぱり、これはそういう風に見ればというだけの話だ。漢字やらハンガルやらならともかく、見えるものが直線と曲線で単純に構成されているアルファベットなのだ、鉛筆だろうがナイフだろうが、線を引けば、それは何かには見えるだろう。

「本当を言うと、捜査班の人達の意見、実際に捜査にあたっている人達の意見を聞いてみたいところなんだけれど...バッヂもない身じゃ、それは無理よね...まあ、そういうことはちゃんとLがやってくれているんだろうけれど」

こうしてみろと、組織に頼らずに自分だけで動くということの大変さが、わかるような気もする。FBIの中

037

では完全に浮いていた自分ではあったが、それでも組織の恩恵は浮けていたのだと、このとき南空は、初めて思い至った。

「他の部屋を見に行こうかな...あまり意味がないとは思うけれど。でも、家中の指紋が拭き取られていることを考えれば―」

と言いつつ、とりあえず南空はベッドルムを後にしようとして、そう言えば、とまだチェックしていない箇所があることに気付く。ベッドの下だ。絨毯の下や壁紙の裏ほどではないにせよ、そこは見落としがちな空間の一つではある―そんなわかりやすい盲点に、捜査班のチェックが入っていないとは逆に思えないが、それでも念のため、一回くらい、ベッドの下にもぐりこんでみるのも、いいかもしれない。その視点からしか、見えないものもあるだろう。そう思い、南空はベッドの脇にかがみこんで―

「......!?」

ぬうっつと。

ベッドの下から、手が伸びてきた。

咄嗟に後ろに飛びのく南空――急転直下、動揺を無理矢理に抑え込み、身構える。挙銃は持って来ていない――休職中であることなど関係なく、南空には基本的に、 挙銃を持ち歩くという習慣がなかった。だから、挙銃はない。だから、引き金も引けない。

「誰...いや、何者!?」

声を大にして、まるで威嚇するように南空は問うが、そんなのはどこ吹く風というように、のんびりと、その手は―ベッドの下から、這い出してくる。右手—続いて左手。そしてーー全身。四つ這いずるの姿勢で―一人の人間が、ベッドの下から、現れた。

こいつ...いつから...?

ずっとベッドの下にいたのか...?

Lとの会話を、聞かれていた...?

様々な疑問が、南空の脳裏を駆け巡る―

「答えなさい!お前は一体何者だっ!」

上着の中に手を入れて、拳銃を持っている風を装いながら、再度、南空が大声で問うと、ぬうぅっと―それは顔を上げる。

そしてゆっくいと、立ち上がった。

天然の黒髪。




038

無地のシャツに、洗いざらしのジーンズ。

ぎょろりとしたパンダ目の、若い男だった。

痩躯で、見る限り背はかなり高そうだが、しかし随分な猫背のようで、南空よりも頭二つ分、視線が低い―下から見上げるようにして、南空の方を、窺っている。

「どうも、初めまして」 男はそう言って、更に腰を低くし、飄々とした口調で、名乗った。

「竜崎と呼んでください」


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