(in Japanese, with page numbers, word for word)
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今でこそロサンゼルスBB連続殺人事件という飛び抜けてスマートな固有名詞が与えられ
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深く眠ってしまったというだけだ。事件の名称と同じく、今でこそロサンゼルスBB連続
南空はこのとき、FBIを辞めて、全てを捨てて日本に帰ろうかと、かなり本気で考えて
そしてーーーあるいは退職も。
汗が気持ち悪い、とりあえずシャワーを浴びようと、南空はベッドから緩慢に身体を起こ
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近付いていき、マウスに軽く触れる。その行為によってスクリーンセーバーが解除されー
南空ナオミ様
突然の連絡、不躾で申し訳ありません。
ある事件を解決するにあたって、あなたに協力を要請したいと思います。もしも協力して
L
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それは、休職中とは言えいやしくも捜査機関に身を置く者としては、知らないはずのない
ならば。
「。。。。。。。面倒臭いなあ」
ちらりと可愛らしい本音を覗かせたといろで、まずは予定通り、南空はシャワーを浴びて
まあ、考える振りをしてみたところで、どの道選択肢なんてあるはずもない。Lから捜査
「別にいいけど。。。。。。ああ、まあ、よくはないけれど。。。。。」
選択肢なんてあるはずもない。
八時五十五分を過ぎたところで、南空は、残りの寿命が二十三時間ちょっとに指定された
アクセスに成功した、と思った瞬間、パソコンの画面が真っ白になった。すわ何事かと南
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ほっと胸を撫で下ろした。
「南空ナオミさん」
ややあって、パソコンのスピーカーから、そんな声が発せられた。あからさまな合成音声。し
「私はLです」
「どうも。。。」
と、南空は言いかけて、挨拶に意味がないことに気付く。マイクが内蔵されているタイプ
「南空ナオミさん、現在ロサンゼルスで起こっている殺人事件をご存知でしょうか?」
南空の言葉に対する受けもなく、Lは早速本題に入った。九時五分までに通信を終えなけ
「ロサンゼルスで起こっている殺人事件を全て把握できるほど、私は有能な人間ではあり
「そうですか。私は把握しています」
皮肉を返したら自慢話をされた。
Lはそのまま続ける。
「昨日の時点で三人の被害者が出ている連続殺人事件のことですーーーこれから被害者は
「『藁人形殺人事件』---」
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知らなかった。休職中は、その手のニュースを意図的に避けるようにしてきたからだ。高
「私はこの事件を解決したい」
Lは言った。
「この事件の犯人を逮捕しなければなりません。そのためにはあなたの協力が不可欠です、南
「どうして、私が?」
短い文章を、南空は入力した。その文章が『どうして私の協力が不可欠なのか』という意
「勿論あなたが優秀な捜査官だからです、南空ナオミさん」
「私は現在、休識中の身ですが。。。。」
「知っています。好都合です」
被害者が三人---と言っていた。
勿論、被害者にもよるだろうが、Lの口振りを聞く限りにおいて、FBIが動くほどの事
時計を見る。
九時五分まで、残り一分もない
「わかりました。できる限りのことはさせてもらおうと思います」
結局、南空はそう打鍵した。
即座にLから返答がある。
「ありがとうございます。あなたならきっとそう言ってくださると思っていました」
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全く誠意のこもっていない声音だった。
合成音声ゆえに、仕方のないことではあるが。
「では、以降、私と連絡をとるための手段を指示したいと思います。時間がありませんの
DOTDOT!
まずは、ロサンゼルスBB連続殺人事件の概要を、知っておいてもらわなくてはならない
現場の壁に藁人形が打ち付けられていたのである。
インシストスストリートでは、四体。
サードアヴェニューでは、三体。
それぞれ、壁に打ち付けられていた。
第一の殺人の時点で藁人形のことは報道されていたので、厳密に言えば模倣犯の可能性も
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係性もなかったからだ。互いの携帯電話に互いの電話番号が入っているということはなか
壁には二体の藁人形。
殺人ごとに、藁人形が一体ずつ、減っている。
殺人現場はウエストサイドの、メトロレール、グラス駅そばの住宅のテラスハウス、被害
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の顔を立てておこうと思う。
そうそう、共通項と言うなら、藁人形の伳にも、大きなものが更に一つーーー三つの現場
南空ナオミが、FBI捜査官ではなくいち個人として、Lの指揮の下、事件解決に乗り出
とは言え、彼女自身は、それをあまり気にしてはいなかったーーーそもそも南空は、そう
ともあれ、八月十五日の正午過ぎ、南空ナオミは第一の殺人の事件現場である、ハリウッ
「L。現場に到着しました」
「お疲れ様です」
待ち構えていたように、例の合成音声が、電話から聞こえてきた。Lは一体全体どのよう
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考えてしまうが、それは私にとってはどうでもいいことだと、南空はいらぬ考えを振り払
「南空ナオミさん、今、現場の中ですか?それとも外ですか?」
「外です。事件現場の通り向かいで、まだ敷地内には這入っていません」
「では、中に這入ってください。鍵はかかっていないはずです。そのように手配しておき
「。。。それは、どうも」
手際のよいことで。
そんな嫌味を言いたい衝動を、ぐっと堪える、用意周到な人間と言えば、普通は尊敬の対
門扉を関け、そのまま家の中に這入る。被害者が殺されたのはベッドルームとのことだっ
「しかしL」
「なんでしょう」
「昨日いただいた資料によればーーーというか、当然と言えば当然なのですが、現場検証
「はい」
「あなたは、どういう手段を取ったのかはわかりませんが、とにかく、その捜査資料を手
「はい」
。。。。。。。
はいじゃねえよ。
「なら、今更私が現場に来ることに、何の意味もないのではないでしょうか?」
「いいえ」
Lは言った。
「あなたには、警察の現場検証では見つからなかったも
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のを見つけて欲しいと思ているのです」
「はあ......そりゃ明確ですね」
明確というより、そのままだ。
何の説明にもなっていない。
「それに、現物百遍と言いますから、少しなくとも意味がないということはありません。事
「なるほど...」
実のところ、あんまりなるほどという感じではなかったが、Lを相手に議論をしても、本
密室状況。
確か、第二の事件現場も、第三の事件現場も、サムターン錠だったーーーこれは共通項だ
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そちらも見ておく必要はある。
「ところで南空ナオミさん。あなたはこの事件の犯人を、どのような人間だと考えますか?と
「私の推理なんて、Lの参考になるとは思えません」
「参考にならない推理はありません」
「。。。。。。。」
そうですか。
南空は少しだけ考えてから、
「。。。異常でしょうね」
と、Lからの質問に、あえて言葉を選ぶことなく、直截的な言葉で答えた。それは、昨日、資
「単に人を殺したからというだけではなく、その所作のいちいちに、犯人の異常さが滲み
「たとえば」
「たとえば、指紋の問題です。現場には、犯人の指紋が一つも残されていない。完膚なき
「そうですね。しかし南空ナオミさん現場に指紋を残さないというのは、殺人犯としては
「やり過ぎなんですよ」
わかっている癖に、と思いながら、南空は答える。恐らくこれは、参考云々というより、自
「指紋を残したくないのなら手袋をすればいいですーーーそうでなくとも、自分が触った
「ですね。私もそう思います」
「。。。。。。。」
そう思いますか。
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「それで、L、さっきの話の続きにもなりますけれどーーーもしもそんな常軌を逸した気
ミス
たとえば、自分が先月やらかしてしまったような。
「普通、犯罪捜査とは、犯人のミスを論い、外堀を埋めていくものですけれど、今回に限
「ですね。私もそう思います」
Lは同じ台詞を繰り返し、そして続けた。
「しかしーーーミスでないものがあれば」
「ミスでないもの?」
「ええ。犯人がわざと残していった痕跡があるとすればーーーそれに、捜査陣が気付いて
「。。。。。。」
わざと痕跡を残すーーーそんなことがあるだろうか?普通に考えれば、自分にとって不利
それは、壁の藁人形も同じだった。
意味が全くわからない。
呪いの藁人形は日本の文化だから、犯人は日本人だとか、いや日本人に深い恨みを持つ者
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ふれた安物だった)、今のところ統一見解はない。
南空は後ろ手にドアを閉め、そして何となく、腰の辺りの高さにあるサムターン錠の摘み
この部屋には四体。
正方形の造りの部屋、その四面の壁の一面一面に、それぞれ一体ずつーーー勿論、藁人形
そして、最後の一葉。
現場の写真ではない、病院のベッドの上に横たえられた、検屍後の、裸にされたビリーヴ・ブ
「この手の一見意味のない死体損壊は、犯人が被害者に深い恨みを抱いている場合にあり
「しかし、南空ナオミさん、それでは第二の殺人、第三の殺人との繫がりがまるでわかり
「恨みがあったのはブライズメイドに対してだけで、残りの二人はそれを誤魔化すための
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ようか。死体損壊がエスカレートしていることに関しても、それが仕方のない偽装だと考
「犯人は無差別殺人を装っている、とあなたは読むわけですか?」
「いえ、あてずっぽうの推測の一パターンです。もしそうだとすれば、藁人形の説明はつ
となると、ハリウッド、ダウンタウン、ウエストサイドと、場所をあちこちに変えている
「異常を装うーーーまあ、異常を装おうというだけで、十分に異常なのですが」
Lはそう言った。意外と人間らしいことを言う、と、南空は少し驚いた。その驚きは、実
「だから、L、私は被害者同士の繫がりを考えるのはナンセンスのような気もします。そ
「しかし南空ナオミさん」
Lは南空の言葉を遮った。
「あまり暢気なことを言っていられる状況ではありません。私は、このままだと第四の殺
「ん。。。。」
そう言えば、Lは昨日もそうんなことを言っていたーーーような。被害者はまだ増えるか
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かさで、殺人は三件で終わりなのかもしれない。それは犯人の気分次第であり、捜査する
「藁人形の数ですよ」
と、Lは言った。
「あなたが今いる現場には四体。ダウンタウンの第二の現場には三体。ウエストサイドの
「ええ。それが何か?」
「あと一体---人形には減る余地があるということです」
「。。。。。。。」
言われてみれば、そうだ。むしろ、四つあるものが二つまで減って、それで終わりになる
「ならばL。Lは、最大であと二件---このような殺人事件が起こるのではないかと踏
「九十パーセント以上」
そう言った。
「百パーセント断じてしまっても構いませんが、犯人側に何らかの已むかたない事情が生
「三パーセント。。。。?」
随分な落差だ。
「どうしてですか?藁人形の数は残り二体なのですから。。。。もしも犯人が、藁人形に
「そうすると、五番目の被害者が殺される現場には藁人
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形が残せなくなるからです。四番目の被害者が殺される現場には、二体から一体減って、一
「ああ。。。。そうですね」
無能を晒してしまった、と南空はばれないように舌打ちする。そうだ、犯人測の目的が何
「犯人の考えがそこまで及ばないという可能性が三パーセントですが、しかしそれはない
「被害者は出ても四人目までーーーですか。つまり、次が最後ですね」
「いえ。既に最後です」
Lは強い口調でいった。
合成音声だったけれど。
「次はありません。私が出てきた以上」
「。。。。。。」
自信、か。
それとも、矜持、か。
どちらにしても、それは久しく、南空が主張していないものだったーーーここ数週間、身
自信ってどういうものだっただろう。
矜持ってどういうものだっただろう。
今の南空にはーーーそれがわからない。
「そのためにも、あなたには尽力していただかなくてはなりません、南空ナオミさん。あ
「期待。。。。ですか」
「はい。氷のように冷静な心で、この事件の捜査にあたってください。私の経験上、その
「。。。。。」
それではカーリングになってしまう。
「L。私が体職中であることは、確か、知っていたんですよね?」
「はい。だからこそあなたに協力を要請しました。今回、
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私には、個人自由い動ける優秀な人材が必要でしたから」
「では、私が体職することになった理由もーーー当然、ご存知なんでしょうね」
「いいえ」
予想外に、南空の問いは、否定された。
「そこまでは知りません」
「。。。。お調べになってないんですか?」
「理由に興味はありません。あなたが優秀で、しかも今は自由の身であることだけが重要
「いえ。。。。」
思わず、苦笑する。
なんだか、世界中に自分の失態が知られているような気になっていたがーーー世界一の名
「では、L。第四の事件を防ぐために、捜査を開始しましょう。私はまず、何をすればい
「何ができますか?」
「ある程度のことはできます」
しかし、と南空は言う。
「しつこいようですが、L、この場合、現場検証を独自にやり直すとは言ってもーーー恐
「メッセージ性のあるものです」
「メッセージ性?」
「はい。これは、お波しした捜査資料には載っていない事実ですがーーー第一の殺人が起
「手紙?」
いきなり話が飛ぶ。
ロス市警。。。。。?
「それが何か、事件に関係が?」
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「今のところ、関係を見出している捜査関係者はいません。本当に関係あるのかどうかも
「何パーセントくらい?」
「八十パーセントです」
即答。
「差出人は不明---転送システムを利用して、投函された場所さえもわからないように
「クロスワードパズル? はあ。。。。」
「馬鹿にしてはいけません、南空ナオミさん。それはかなり難易度の高いパズルで、誰も
「わかりました。それで?」
「そのパズルは、結局はただの悪戯だったのだろうと判断され、その日の内に破棄された
「昨日。。。。」
だから、受け取った捜査資料には載っていないということか。既にLは、昨日南空が準備
「解きました」
Lはさらりとそう言った。『ロス市警の人間が数人がかりでも解けなかった』という先ほ
「私の解答が間違っていなければ、そのパズルの解答は、その現場ーーー第一の殺人が行
「。。。。。ハリウッドのインシストストリート。。。。二二一番を示していたというこ
「ええ。殺人予告状ということになりますね。もっとも、誰も解けないような難易度のパ
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には予告状としての体はなしていないのですが。。。。」
「ロス市警に、伳にそのような手紙が届いているということはあるんですか?つまり、第
「いえ。念のためにカリフォルニア州全土にまで範囲を広けて調査を行いましたが、今の
「だったら偶然---いえ、いくらなんでもそんな偶然はないでしょうね。正確に細かい
「九日と言えば。第二の殺人と第三の殺人の間の期間も、九日間です。八月四日から八月
「しかし、第一の殺人から第二の殺人までの期間は、四日間です。 。。。。。。たまたまじゃないでしょうか?」
「ええ、その程度に見るのが正当です。しかし、そのスペースがあるのなら、頭の片隅に
「ふむ。。。。だから」
わざと残していった痕跡---か。
それも、藁人形のようにわかりやすい形ではない、メッセージ。。。。だとえば難易度の
しかし、だとすれば期待のされ過ぎだと、思わなくもないのだが。。。。手足ではなく眼
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「どうかしましたか? 南空ナオミさん」
「いえ。。。。なんでもありません」
「そうですか。では、一度通信を終えましょう。私は私で、やらなければならないことが
「わかりました」
Lのことだから、これ以外にも他に抱えている難事件が、数多くあるのだろう。事件は世
世紀の名探偵、L。
依頼人不在の名探偵。
「それでは、よい報告をお待ちしています。吹に南空ナオミさんから私に連絡をするとき
そう言って、Lの方から電話は切られた。南空は携帯電話を折りたたみ、鞄へと戻す。そ
「この事件の犯人ほどでないにせよ。。。。どうやら、ビリーヴ・ブライズメイドも、そ
隙間なくきっちりと、本が納められた本棚。なんとなくその冊数を数えてみるーーー五十
あるいは、捜査班に気付かれない形でのメッセージだ
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ったのが。。。。一見、ただの栞に見えるような紙に、暗号のメッセージを仕込んだとか。
。。。。なら、頭一つ抜いて神経質なはずのこの事件の犯人もまた、本のページに何かを
南空は本棚から離れる。次はベッドーーーしかし、こちらは本棚以上に、手のつけようが
「絨毯の下。。。。壁紙の裏。。。。。いや、違う。。。。。メッセージ自体を隠してど
出し抜こうとしているんじゃない。
馬鹿にしているんだ。
「『お前は俺より下だ』、『あなたは私には勝てない』と示すことが、メッセージの目的。
必ずあるはずーーーじゃなくて。
もしも、ないのだとしたら?
「この部屋にあるはずなのに、今はないもの。。。。。。今はないければ。。。。けれど
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違う、藁人方は、被害者を示すメタファーであって、メッセージじゃない、はず...ベ
ないんじゃなくて―いないんだ。
この部屋の主人、ビリーヴ・ブライズメイドが。
南空は再び、写真を取り出す―ブライズメイドの死体の写真を二葉、現場写真と検屍写真。こ
「そういう...目で、見たら、この傷...アルファベットに、見えなくも、ない、か
見る角度を色々と変えてみたらの話だが。
「『V』...『C』...『I』?いや...『M』...これはまた『V』...『X』
それにやっぱり、これはそういう風に見ればというだけの話だ。漢字やらハンガルやらな
「本当を言うと、捜査班の人達の意見、実際に捜査にあたっている人達の意見を聞いてみ
こうしてみろと、組織に頼らずに自分だけで動くということの大変さが、わかるような気
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では完全に浮いていた自分ではあったが、それでも組織の恩恵は浮けていたのだと、この
「他の部屋を見に行こうかな...あまり意味がないとは思うけれど。でも、家中の指紋
と言いつつ、とりあえず南空はベッドルムを後にしようとして、そう言えば、とまだチェ
「......!?」
ぬうっつと。
ベッドの下から、手が伸びてきた。
咄嗟に後ろに飛びのく南空――急転直下、動揺を無理矢理に抑え込み、身構える。挙銃は
「誰...いや、何者!?」
声を大にして、まるで威嚇するように南空は問うが、そんなのはどこ吹く風というように、の
こいつ...いつから...?
ずっとベッドの下にいたのか...?
Lとの会話を、聞かれていた...?
様々な疑問が、南空の脳裏を駆け巡る―
「答えなさい!お前は一体何者だっ!」
上着の中に手を入れて、拳銃を持っている風を装いながら、再度、南空が大声で問うと、ぬ
そしてゆっくいと、立ち上がった。
天然の黒髪。
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無地のシャツに、洗いざらしのジーンズ。
ぎょろりとしたパンダ目の、若い男だった。
痩躯で、見る限り背はかなり高そうだが、しかし随分な猫背のようで、南空よりも頭二つ
「どうも、初めまして」 男はそう言って、更に腰を低くし、飄々とした口調で、名乗った。
「竜崎と呼んでください」